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  • 執筆者の写真翔 山﨑

夢はどうあるべきか?




急に抽象的な話をはじめ、ついに頭がおかしくなったのかと思われそうですが、昨日日本M&Aセンターの原田さんという方に会い、『業界メガ再編で変わる10年後の日本』という本を頂きました。

聞けば、本を配って歩いているそうです。変わった方ですね。


せっかく頂いたので読み始めてみたら面白かったです。原田さんにはお礼を言っておきます。


日本M&Aセンターの方が書いた本らしく、業界の生々しい再編事情の今(ただし数年前の本)が描かれていて楽しかったのですが、結びの章で、「これからの日本起業の経営に必要なのは『志』だ」とありました。


志というと如何にも昭和的なワードだなと思いながら読み進めていくうちにハタと気づきました。平成の30年間を「失われた30年」と呼ぶ事がありますが、ひょっとして失われたのはこれだったのかな、と。


1945年、日本は終戦を迎えました。東京や大阪など主要都市は、文字通りの焼け野原。食料もインフラも娯楽もすべてが不足していた時代です。

日本には何もなかった。だから海外に目を向けるしかなかったのだと思います。

日本はグローバル化が遅れていると言われますが、戦後の日本はまさにグローバル化していたと思います。


航空機の製造を禁止されたので技術者が集中した自動車産業はまさに輸出産業の花形ですし、キッコーマンは日本固有の調味料である醤油を世界展開してのちの和食のブランド化への道を作りました。

日本にあるエンターテイメント事務所のほとんどは米軍基地への興業をルーツに持つそうです。

日本人が昔から英語を話さず、コミュニケーションが苦手なんていうのはヒドイ嘘です。


ジャパニーズセールスマンは中東に石油を買い付けに行き、ヨーロッパに鉄鋼を買い付けに行き、アメリカに穀物を買い付けに行く、世界でもっともグローバルで貪欲な生き物として恐れられ、エコノミックアニマルなどと揶揄されていたのです。


しかしプラザ合意により変動相場制が始まると、日本の投資はどんどん内向きになりやがてバブルが膨れ上がり、ほどなくして崩壊しました。


ここで日本は先人に倣い、海外に目を向けるべきでしたが、この頃にはもう戦う理由がなくなっていました。


食料も、インフラも、娯楽も十分以上に充実していて、かつての日本人が持っていた貪欲さが消え失せていたのです。


結果、日本は閉じこもってしまいました。GDPの60%を国内消費が占める日本では、一部の輸出産業以外では(表向きの)鎖国が可能だったのです。

日本語という障壁が、海外の情報から日本人を守ってくれました。

気がつけば、GDPで中国に抜かれ、アメリカとは5倍の差がつきました。韓国や東南アジアにも1人あたりGDPで抜かれています。

日本人はどんどん内向きになり、先人の志を忘れ、あたかも内向的であることが日本人の元来の特性かのように思い込むまでになりました。


30年間で失われたのはこの、志ではなかったか。志は夢とも言い換えられます。

国を豊かにしたいという見果てぬ夢が日本の奇跡とまで言われた成長の原動力だったとしたら、今はその夢の果てか?


平成時代、昭和的なものは忌み嫌われました。バブル崩壊は昭和的なもののせいにされた感があります。ちょうど終戦後、石を投げつけられた兵隊のように、昭和的なものは石持て追われたのです。


その昭和的なものの中に、夢があったのではないでしょうか?


私たちはもう一度ちゃんと立ち止まって、自問し、考える必要があります。

あなたの夢はどうあるべきか?

企業の夢はどうあるべきか?

国の夢はどうあるべきか?


自分が何のために働くのか?


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